メディア上の芝生は黄金に輝いている(200~300人に一人の天才が行き詰まる理由を考える)。

別に書き残しておく必要はないんだけど、何となく思う所があるので、ポストしておく。

ここ2~3か月で、2~3人の天才を発見した。
主に、Youtube上でだ。

 

中学生くらいから天才研究を始めたので、最近では、サムネイルだけで天才な方の人相が分かるようになってきてしまった。
「あっ、この人、天才っぽい」と感じで動画を観だすと、インタビュアーが、インタビュー対象者に対して、
”この人天才だぁ・・・”という感想を漏らす展開が待っている。

「あ、やっぱり、サムネからみた印象はあっていたんだ」と、自分でも少し驚く。

 

3000人に1人くらいの天才性を持っていると、
世の中に出れる確率が急激に上がってくるが、
200~300人に1人くらいの天才は、不遇な人生を歩む可能性が高い。
※一応、世に出れる…という事の定義を行っておくと、自分の好きな道で、生活が賄える程の収入が得られるという意味だ。

なぜ、不遇な人生を歩んでしまうのかについて、考察を深めてみたいと思う。

200-300人に一人くらいの天才性を有していると、
自分自身でもその才能について、自覚しているケースが多い。

普通の仕事では満足ができず「自分には何か特別な人生が待っているに違いない」と思ってしまう。
その為、勝算が低かったり、未来の展望が描けない戦いに身を投じてしまう事になる。

分かりやすい例で言えば、
学校で一番面白いという自負がある人が、吉本興業の養成所に入って、
別の学校の中で一番面白い人たちとの戦いの中に、
安易に身を投じて、敗れてしまうケースだ。

20歳前後の若者には分からないと思うので仕方のないことではあるが、
200~300人の中で一番面白い・・・というのは、
実は勝ち抜けるほどの優位性を有していない場合が多い。

しかもお笑い芸人という数十年前からしっかりとしたレールが敷かれている道だ。
恐ろしく競争率の高い世界に身を投じている事を理解しなければならない。
よしもとの養成所は、毎年1000人くらいの才能溢れる人々が入学する。

 

と書きながら、、、
このコラムを投稿しようとした理由を思い出した。
動画を見ていて、この人は、うまい道に乗っていれば、
もの凄く大成功したかもしれないけど、勿体ないなぁ~と思ってしまったのだ。

ということで、200~300人の母集団の中で一番優秀だと思っている人は、
一度立ち止まって考えた方がいい。
せっかく素晴らしい才能を持っているのに、
人生の道を簡単に踏み外すことになってしまう。

200~300人の競争に勝ち抜き、さらに別の分野でも200~300人の競争に勝ち抜いて、その2つの分野を掛け合わせて、初めてスタートラインに立った位だと考えないと厳しい。

 

ちなみに、数千人に一人の才能というのは、どの程度のレベルの才能なのか?
これは、圧倒的に違うので、見た瞬間に多くの人が分かるくらいのレベルの差がある人の事を指す。
数千人に一人の天才は、幼少期に壮絶な体験や、特殊な環境があった場合が多く、生き抜くためにその才能を伸ばすよりほか仕方がなかった…というケースがほとんどである。
なりたくてなるようなものではなく、子供の頃からの積み重ねが、その人の才能に直結していて、10代後半から始めて、勝てるようなものではない。

さらに、数万人に一人の天才は、ほとんどの人が理解ができないので、奇人変人的に観られてしまっている場合がほとんどである。
ただし、圧倒的に結果が付いてくるので、世に知られているケースが多く、見つけるのは意外と簡単だ。

 

ということで、200~300人に一人の才能を得るということは、その反作用が不満として表れる場合が多く、人生のバランスを崩してしまいがちなので、メディア上の芝生は、金色に輝いている事を忘れないで欲しい。

大変残念ではあるが、世の中には、熾烈な競争の嵐が吹き荒れているのだ。

大坪 拝

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